コンセプター・和田健司さんによるエッセイ「love letter from K」。
KOZでのお買い物がもっと楽しくなるヒントをお届けします。
子どものデ
「パパ~、デ。」いつの頃からか、子どもが訴えてくるようになった。「デ・・・デザイン?」即座に浮かんだ言葉を言ってみる。「ちがう!デ!」どうやら当ててほしいようです。デ・・・本当にデザインしか思い浮かばない。「デザイン。」半笑いで、もう一回言ってみると「デザートだよ!デザート!!」と子ども。なんだ、そっちか。どうやら、デザート食べてもいい?という事らしい。「いいよ。」と言うと、冷蔵庫の方へ跳ねるように走っていった。“デ”と聞いて、デザインを一番に思い浮かべる僕は職業病か…。そうだよな、“デ”とくればデザートだよな、どう考えても。試しにCHAT GPT(AI)にも聞いてみると、「“デ”と聞いて、私が思い浮かべるものはいくつかありますが、一般的な解釈としては以下のようなものです。1.データ、2.デジタル、3.ディスプレイ…」と。 あなたにとっての“デ”はそれですわ、絶対(笑)。
わかるって
最近色々な場面を見ていて、よく思う事があります。「わからない」ってダメなんでしょうか?と。
小学校でも、わかる人は手を上げ、褒められ、わからない子は、どこか背中が丸くなっている光景を思い浮かべます。わかる=○で、わからない=×であるという暗黙の雰囲気は、昔からずっと日本中を空気のように漂っている気がしてなりません。
わからない=理解できていない、という事かもしれませんが、何も考えていないって訳じゃないはず。むしろ体全体の感覚を総動員して、目の前の出来事を感じ取ろうとしている「動物的にはハイセンサーな状態」だと思うのです。
大人になると知らぬ間に、理屈で考えるようになり、それが物差しになってしまう。「わかる」感覚は他者と共鳴しやすいので、おのずと「いっしょである」という事が快楽になり、「わかる」で身の回りを固めてしまう。
その点、子ども、特に義務教育が始まる位までの年齢の子達の、動物的センサーの高感度さには目を見張る物があります。大人がハイビジョンなら彼らは8K位でしょうか。文章などが理解できていなくとも、形や手触りからイメージを無限大に広げ、こうだったらもっと楽しいかも!と一度思えば、脇目も振らず真っ直ぐ行動します。その集中力には目を見張る物があります。
小学1年生になったばかりのわが家の次女は、元気にも程がある位、活発な子。とにかく服は着ないし、ダメと言われる事は率先してやるし、割ったグラスは数知れず。1分でいいから黙っててとお願いしても、15秒持てば良い方。もう少し大人しく育てれば良かったと後悔しても後の祭り。
これから日に日にソーシャライズされていってしまうので、こういう彼女を見れるのも今のうちと、イライラせずに、子どものクリエイティビティを受け入れるようにはしています。ようには…。
「食べたお菓子のゴミは、すぐ捨てなさい。」と何百回言ったか思い出したくもない(涙)ですが、よくよく考えてみれば、“すぐに”捨てなければいけない理由は、あまりないのかもしれません。きっと子どもも、なぜすぐなのか?は、わかっていない。だから、写真のような現象が起きるのです。
風邪をひかないようにと飲んだ、R-1ドリンクのボトルは、身軽そうな透明感のある出で立ちで、マントをひらりとなびかせ、今にも飛んでいきそうな姿に。これを見たら、より一層健康になれそうだぞ!と思ってしまいます。そういうドリンクだと知ってか知らずか、行動しているわけですから、ちゃんと周りを観察しているんですね。
さける
たまたま冷蔵庫にあった「さけるチーズ」。なぜか子どもって、こういうオツマミみたいな物が好きですよね。「さけるって何?」と聞かれたので、こうやってと教えると、やりたい!と奪われました。しばらくして「見て~」と手には、
さけすぎるチーズ。
今からどこか掃除でもするんか!にしても、よくこんなに細かく…。こんなに割いてもらったらチーズの方も本望でしょうね。子どもは手が小さい=指も小さいので、大人の想定以上の細かい作業ができることが判明。この間も爪を切ってあげようとしたら「さけるチーズができなくなるから、あんまり切らないで!」と。・・・何基準!?まぁ、確かに細く割いたチーズは思ったより美味しく、長く味わえるので親的にも◎。
定義がない子どもの脳内では、大人が想像する何倍もの「さける」がイメージされていて、花火が散るような世界が繰り広げられているのでしょうか。試しに、「ねね、なんで、さけるチーズをあんなに細かく割くの?」と伺ってみると、以下の様な回答を頂けました。
「んとね、ふわんとしてとろけるからね、ちょっとずつやると、もふもふ感になるの。がんばってがんばってやると、どんどんおいしくなっていって、ごほうびに、いっぽんずつ食べるのが、さけるチーズ。」
言葉で表すより、他にも想像している感じだったので「今さ、頭の中にイメージしてる、さけるチーズの世界があるでしょ。それを絵に描いてみてくれない?」とお願いしてみると、
そこには、さけるチーズの並行宇宙のような凄い世界が広がっていました。さけるチーズの家族がいて、色々なキャラクターが楽しく暮らしているとのこと。左上の水色のは「みず・さけるチーズ」らしい。水を割くというイメージができるのが、素晴らしい。レインボーさける、人間さける、ハートさける、おばけさける、うさぎさける、むらさきさける、色々説明をしてくれましたが、まだまだ続きがあるようです。
言葉で説明するのは難しいですが、僕が想像するに、「さける」のような、ひとつ面白い事を見つけた瞬間に、わぁーーーっと何千本もの枝が血管のようにすごいスピードで伸びていく。わかる・わからない関係なく、知っているもの全てに興味を塗っていく、大木のようなイメージの広がりを感じます。これはこれ、という概念的なものはなく、全てが等しい世界。むしろ「わからないを楽しんでいる」よう。そこには不安といった感情は一切ありません。
子どもというのは偉大なイマジネーションの持ち主なんですね。
その世界観を叱ったりして縮めてはいけないんでしょうね。
と微笑ましく彼女の方を振り返って・・・目を閉じました。
つづく
和田 健司
オランダDesign Academy EindhovenにてDroog Design ハイス・バッカー氏に師事、コンセプチュアルデザインを学ぶ。 同大学院修士課程修了。大手広告代理店勤務の後、2011年 “what is design?”を理念とする(株)デザインの研究所を設立。研究に基づく新たな気付きを、個人から企業まで様々な顧客に価値として提供し続けるコンセプター。
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