酸味。
それは自家製酵母で作るパンの代名詞である。だが、自家製酵母で作るわざわざのパンのほとんどは酸味を感じさせないように作っている。「こうぼ山食」と「ご飯みたいなカンパーニュ」(※)については例外で、あえて少し酸味を出す。
<わざわざでは、代表 平田はる香が開業時より毎日綴ってきた膨大な文章のアーカイブを厳選し、わざわざ公式noteに「わざわざ傑作選」を投稿しています。この投稿は2010年11月のブログ「酸味について考える」の再編集版。今回、いつもキナリノモールをご利用いただいている皆様にもご覧いただきたく、全文を転載いたします。>
自家製酵母のパンにおける酸味の原因は、主に酢酸菌や乳酸菌が活発になった結果である。空気中には無数に浮遊している菌があり、そこで酵母液を培養すると、酵母液に空気中の様々な菌が繁殖し活発化して酵母ができあがる。酵母を培養する際、酢酸菌や乳酸菌にとって優位な条件を作らず、活発に活動させないことが、酸味のないパンの作り方だと言えるだろう。
(※)「こうぼ山食」と「ご飯みたいなカンパーニュ」:
2012年7月頃まで販売していたパン。こうぼ山食は自家製酵母で“日本の食パン”のような軽い食パンを作ろうとしたものだが、自家製酵母による作用で断念し、独特の酸味ともっちり感を生かしたパンであった。
ご飯みたいなカンパーニュは、ご飯のように食べられるイメージで作った軽い食感のカンパーニュ。全粒粉と小麦粉を配合したものだった。後にこのご飯みたいなカンパーニュとライ麦の配合率の高い「ライ麦のカンパーニュ」を合体させ、現在の「みまきカンパーニュ」に至る。
パン作りは科学である
なんのこっちゃと思われるかもしれませんが、パン作りは科学です。このことを大前提に考えれば、酸味のないパン作りはそれほど難しいことではありません。
ですが、私もいまだに失敗して酷い酸味のパンを焼くことがあります。それは工房の環境を一定にできないことが原因なのですが、一定の環境でない場所で職人的勘を研ぎ澄ますことに楽しみを見出しています。
【質問】レーズン酵母の場合、酵母が弱く発酵に時間がかかって膨らまず、酸味のあるパンになりました。そこで最近小麦から酵母をおこしてみたら、焼き色はあまりよくないけれど酸味のないパンが焼けました。そして一昨日、久々に会心の作のパンができた!と喜んで食べてみたら、かすかに酸味がありました。わざわざさんの酵母は小麦ですよね。でも酸味がないですよね。今までは酵母が弱いと酸味が出ると思っていたのですが、今回の小麦酵母は酵母が強くても酸味が出る…。酸味のない酵母をおこすコツはなんでしょうか。
先ほどの話を踏まえると、質問中の「レーズン酵母で酸味のあるパンが焼けた」ことの原因はレーズン酵母ではありません。単純に発酵力が弱いということなので、酵母の中に発酵を司る菌以外の菌(=乳酸菌や酢酸菌)が多いのが原因であると言えます。だから必然的にパンは酸っぱくなります。発酵力の弱い元種では酸味のないパンは焼けません。酵母の起こし方で雑菌がより多く混ざっている場合が多いのです。
温度管理と、職人の勘
次に「強い小麦の酵母でも酸味が出る」という点ですが、これも小麦の酵母であることが原因ではないと思います。「焼き色はあまりよくないけれど酸味のないパンが焼けていた」というのは、1次発酵または2次発酵が未熟で、充分に小麦粉のデンプンをブドウ糖に分解できなかったためです。
きちんとした発酵ができていれば、デンプンがブドウ糖に分解され、焼き色がきれいにつきます。焼き色は生地内の糖分や油分が色づいて付くものです。発酵が未熟な場合やブドウ糖が菌に全て食べつくされてしまった過発酵の状態では色が付きません。この場合、酸味がなかったということですから、未発酵の状態です。過発酵の状態では酸味が出ます。
発酵力が強い種で酸味が出る場合、原因は温度管理にあります。まずは捏ね上げ温度。ここで30度をオーバーしていたらパンに酸味が出る可能性が大きくなります。乳酸菌は30度を超えると活発に活動を始めます。その他に1次発酵、2次発酵の温度管理の問題も影響します。低温で長時間発酵させることによって生地温度を抑えることができ、パンの酸味を抑えられます。
その他にも酵母の好むPhなどの問題がありますが、Phなんか一々計測してパン作りはしていません。気温と生地温度、後は職人的勘のMIX。まぁいつもどおり大体のパン作りによる適当な論理なのであまりアテにはできませんが、それでも以下の点は経験に基づいた実感でパン屋がどうにかできてますので、大いに参考にしていただきたいと思います。
つまりは、
・発酵力の強い元種を使用し、
・捏ね上げ温度を低めにし、
・低温で発酵させる
ことによって酸味の出にくいパンを焼くことができます。
ただ、こうは言っても、これが難しい。
夏場のパン作りは温度管理が非常に難しくなります。工房を一定の温度に保てていない状況下で、酸味のないパンを焼くのはかなり難しいです。現状、わざわざのパンも冬場と比べ夏場は若干酸味があります。ですが、夏って酸っぱいものを食べたくなりますから、それもいいかと容認しちゃったりして、結構楽な気持ちで今は作ってます。
酵母を食べてパンを理解する
わざわざではパンを焼くために、酵母のリフレッシュ(種継)をかなり頻繁に行っています。
・パンを焼く前日には必ずリフレッシュ
・低温で元種を保存
・1、2日置きに元種を継ぐ
上記のような頻繁なリフレッシュにより発酵力の強い元種を維持しています。元種がイケてないとイケてないパンになりますので、リフレッシュはとても大事なんです。
酵母の強さや酢酸菌や乳酸菌の発生状態について、簡単にわかる方法があります。元種を食べると一発でわかります。毎回食べて味を覚えてください。舌につく酸味がある酵母では酸味のあるパンしか焼けません。うちの酵母は甘いです。すごくいい小麦の香りがします。酸味はほとんどありません。
経験があれば、酸味はリカバリーできる
元種に酸味が出てしまった場合、リカバリーする方法があります。私も何度かやってしまったのをこの方法でカバーしていますが、これは家庭でやると物凄い酵母量になるのであまりお勧めできないかもしれません。
1. 酸味の出た酵母を100g取り出し、その3倍量くらいの小麦粉でリフレッシュします。
2. 室温で2倍くらいの大きさになったら、さらに3倍量くらいの小麦粉でリフレッシュ。
3. それでまた室温で2倍に。その後さらに3倍量の小麦粉でリフレッシュ後、低温で発酵させます。(室温は20度前後が最適かも。気温が高いと難しいです。)
ここまで1日でやります。短時間で急激に粉量を増やして発酵させることで酵母菌上位の状態を作ることができ、酢酸菌や乳酸菌の活動をかなり抑えられるはずです。これで酸味がほぼ消えてきますが、まだ感じられる場合は繰り返していきます。短時間で急激に元種量を増やすのが、経験に基づくポイントです。
5キロほどの元種を管理しているパン屋だからこそできるやり方ですが、家庭だとキツイです。新しく酵母液を培養した方がよいかもしれません。私はこのやり方で元種のリカバリーに成功していますが、粉量を減らしてできるかは全く試していませんのであしからず。
ということで、現時点で考えられるパンと酸味の関係です。
この記述は2010/11/22に書きました。経験則に偏るところが多く、未熟な可能性があります。どうぞ皆さんお手柔らかにお願いします。
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